母の最期の言葉に絶望したけど生きていく【私が自分を生きるまで⑬】
母から否定的な言葉をかけられて育ち、「自分は要らない人間だ」と信じ込んで生きてきた私。
生きづらさを解消し、「自分を生きる」ために、自己探究を重ねていきます。
その過程の中で、自分を「否定する部分(パーツ)」が少しずつ揺らいでいきました。
すると、「私には愛される価値がある」と感じたり、「母には笑顔でいてほしい」という幼い私の願いが見えてきたりと、新しい気づきが訪れます。
随分と生きやすい感じになってきたある日、私の母が、病院で息をひきとりました。
私だけをけなすような言葉を残して――。
「母に褒めてほしい。認めてほしい」と願っていた私は、地獄の底に突き落とされたような心境になったのです。
今回は、母の最期の言葉に絶望しながらも、なんとか心を整えて、その後の日々を送っていったときの出来事について、お伝えします。
気分が上向いたところで母の最期の言葉が突き刺さる
生きやすさを感じるようになったら
最近、生きやすくなってきたなあ。
自己探究を重ねて数年が経つと、そんな風に感じる日が増えていきました。
母との関係で育まれた、自分を「否定する部分」。
事あるごとに、私にダメ出しをして、私の心を内側から削っていき、私の生きづらさを生み出していました。
ところが、自己探究を重ねていくうちに、自分を「否定する部分」の正体が明らかになっていき、その力が次第に小さくなっていったのです。
すると、「私は愛される価値のある存在だ」と実感できるようになったり、私の心の中にいる幼い私の願いが明らかになったり。
自分を知るにつれ、生きやすくなっていったのです。
このまま、心軽やかな日々が増えていくに違いない。
そう思っていたのですが、私には、さらなる試練が待ち構えていました。
母の最期の言葉は強烈だった
2019年の夏。
ひどい腹痛に耐えられなくなり、病院を受診した私の母。
末期ガンと診断され、緊急入院となりました。
あっという間に病状が悪化し、入院して3週間後には、危篤の知らせが届きます。
私、弟、妹、伯母(母の姉)が、病室に寝泊まりし、母の様子を見守ることになりました。
亡くなる数日前。
病床の母は、急に、私たち兄弟に対して、語り始めました。
弟には、「兄弟三人が仲良く過ごしているのは、あなたのお陰」と感謝。
そして、弟がいかに素晴らしい人であるかをほめちぎり、身体をいたわり、健康を願う。
妹の将来を心配し、弟に面倒をみてやってほしいとお願いする。
私のことは、「ナオミは、バカで、のろまで、肝心なときに役に立たない」と、おとしめる。
それだけでは足りないのか、「苦しいのは、ナオミのせい」と、私に対するうらみごとをグチグチと言い募る。
その後、妄想と現実が入り混じったような話を、ひとしきり続けた母。
いつの間にか、静かになりました。
そのまま、目を開けることも、言葉を発することもなく、数日後に息をひきとったのです。
絶望感が心を覆い尽くす
冷静に考える部分は、「最期まで母らしい」と苦笑してしまいました。
自分の苦しさを、誰かのせいにしないと、やっていけない母。
死の間際ですら、娘の私を悪者にして、精神的に何とか持ちこたえていたとも言えます。
そんな母が、私のことを認めるような言動をとるはずがないと、どこかで理解していました。
ですが、私の心の中にいる「幼い私」は、違います。
幼い私は、ずっと「母にほめてほしい。認めてほしい」と切望していたのです。
そのため、母の最期の言葉に、呆然自失の状態になりました。
わ・た・し・だ・け・ダ・メ・人・間・か。
どんなに頑張っても、もう、母には認めてもらえない。
ダメの烙印を押されたまま、私は一生を終えるしかない。
すべてを放り投げ、ひきこもり、泣き暮らしたいような、壮絶な絶望感が心を覆い尽くす―――。
腹の底から、どうしようもない悲しみがにじんできて、全身をめぐっていきました。
自力で心を整えていく
現実的に考える部分が前面に立つ
母が亡くなった数時間後。
現実から遠のいてしまいそうな意識の中、私は考えます。
翌日には、母の葬儀をとりおこなわなければならない。
その後も、死後の手続きが、山のようにある。
父は、施設に入っていて、頼れない。
弟は、1週間ほどしか、仕事を休めない。
私も、せいぜい2週間程度の休みしかもらえない。
限られた時間の中で、様々なことを、私、弟、妹の3人でこなさなければならない。
しかも、私は、自宅のある東京へ戻ったら、仕事、家事、子育てといった現実も引き受けて、生きていかなければならない。
ひきこもって泣き暮らすことは、私には許されない。
急場しのぎでもいいから、心を整えないといけない。
私の心の中にある「現実的に考える部分」が前面に立ってきました。
心を整える工夫を重ねる
気持ちを一新するべく、シャワーを浴びながら、心を整える工夫をおこなっていきました。
感情を放出する
シャワーを浴びながら、深い悲しみを十分に感じて、大きな声をあげてオイオイと泣く。
感情をはき出すと、気持ちが少し軽くなり、冷静に考える余地が生まれました。
考え方のバランスをとる
「母にしてもらって嬉しかったこと」を、思い出の中から集めていきました。
母の最期の言葉から生じた絶望と同じ分だけ、嬉しいことを集めていく感じです。
- 私が小学校3年生のとき、弟には内緒で、二人きりでソフトクリームを食べた。
- 私が大学に合格して上京する際、知らない土地に出向くことが嫌いな母が、学生寮に入る手続きをするために、一緒に東京へ来てくれた。
- 私が出産直後、知らない場所へ行くこと、知らない人と接すること、仕事を休むことが嫌いな母が、1週間仕事を休んで、私と夫が住むマンションへやってきて、私の世話をしてくれた。
などなど――。
嬉しいことを次々と思い出していくと、考え方のバランスが整い、絶望とは違う思いが浮かんできます。
母は、私にひどい言葉を投げかけるけれど、私のことを心底、憎んでいたわけではない。
私は、母に愛されていたのかもしれない。
自分が納得するストーリーを考える
母の最期の言葉に関して、自分が納得するようなストーリー(考え)をひねり出してみました。
だれかに認めてもらうのではなく、自分で自分を認めることが大切。
そのことを、身をもって私に教えるために、母は最期に、私をけなす言葉を残したのだ。
急ごしらえではありましたが、そのストーリーは、私の気持ちにもフィットし、母に対する感謝の涙が流れます。
シャワーを浴びる間、たった20分程度の作業でしたが、私の心はスッと整いました。
お陰で、母の葬儀、東京での生活、何度も帰省しておこなった死後の手続きも、表面的には、スムーズにこなしていけたのです。
頭で考えた工夫には無理があった
考え方のバランスをとることのメリットと限界
ネガティブなことと同じぐらい、ポジティブなことをそろえて、考え方のバランスをとる。
考え方のバランスがとれると、精神的に落ち着き、感謝が生まれる。
これは、ジョン・F・ディマティーニの著書、「世界はバランスでできている!」からヒントを得た方法。
これまで、日常生活でも、ちょいちょい使っていました。
それで、母の臨終後に、急いで考え方のバランスをとってみたのです。
母の最期の言葉から生じた絶望(ネガティブなこと)。
母にしてもらって嬉しかったこと(ポジティブなこと)。
同じ分だけ、そろえると、心が整った感覚を味わうことができました。
しかし、母の最期の言葉に衝撃を受けた私の心は、考え方のバランスをとっただけでは、おさまりませんでした。
絶望が深すぎて、嬉しかったことが追いつかなかったのかもしれません。
絶望は薄まったものの、感謝の念がわく状態には、いたらなかったのです。
ストーリーによって幸せを感じる
そこで、「自分が納得するストーリーを作る」という方法も加えてみました。
一説によると、私たちは、「幻想」から苦しみを作り出している、と言われているからです。
たとえば、「母にないがしろにされたのは、私が価値のない人間だから」という幻想にしがみついていると――。
現実社会でちょっとでも自分を粗末に扱われると、「やっぱり私はダメな人間なんだ」と、苦しい思いがわきあがってきます。
でも、それを逆手に取り、たとえ、嘘八百だとしても、自分が納得するストーリーを作り出すことができれば――。
「幻想」から、幸せを生み出すこともできるのです。
私は、母の臨終後に、自分の心を整えるために、次のようなストーリーを作り出しました。
だれかに認めてもらうのではなく、自分で自分を認めることが大切。
そのことを、身をもって私に教えるために、母は最期に、私をけなす言葉を残したのだ。
すると、母に対する感謝の念がわきあがり、気持ちが安らいでいきました。
しかも、その後は、とどこおりなく日常生活を送ることができたのです。
諸刃の剣のような副作用
考え方のバランスをとり、自分が納得するストーリーを作り出して、絶望を薄めていく。
急いで自分の心を整えることができたお陰で、その後の生活は、一見、滞りなく過ぎていきました。
ですが、まるで、諸刃の剣のように、困りごとを一刀両断できた一方で、私自身も被害をこうむることになってしまったのです。
つまり、自分一人で心を整えたことで――。
だれかに頼ること、だれかに受け入れてもらうことを、遠ざける。
自分一人で頑張ろうとする。
しばらく、自分に孤独な闘いを強いることになってしまったのです。
見えないところで、じわじわと苦しみが増していきます。
いずれにしても、母の死は、私にとって、大きな転機となりました。
危機的な状況というのは、ネガティブな方向にも、ポジティブな方向にも、どちらにも転がり得ると言われています。
それでも自分を生きていくために、私はその後も、危機的な状況に向き合い続けるしかありませんでした。
一人で頑張らなくても大丈夫
大きな悲しみを前にしたとき、自分の力だけで乗り切ろうとすると、心を整えることはできても、誰かに頼ることが、どんどん遠くなっていきます。
場合によっては、自分で自分の首をしめるように、静かに苦しみが増していくことになるかもしれません。
まずは、話してみるだけで構いません。
長い間、一人で抱えてきた。
それだけで、十分すぎるくらい頑張ってきたということです。
「もう少し、楽になってもいいかもしれない」と感じたなら、その気持ちを最初の一歩にしてください。
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※続きはこちら。母の死後に、母の切なる願いを知ることになりました。その後の自己探究のプロセスが気になる方へ。
※考え方のバランスを取る方法については、もっと知りたい方へ。
【参考文献】
考え方のバランスを整えることについて、詳しく知りたい方は、こちらもどうぞ。
- ジョン・F・ディマティーニ(著)、岩本貴久(翻訳)(2011) 世界はバランスでできている フォレスト出版
























