とらわれ続けてきた「母の呪縛」が意味を失う日が訪れた【私が自分を生きるまで⑲】
母から否定的な言葉をかけられて育ち、「自分は要らない人間だ」と信じ込んで生きてきた私。
生きづらさを解消し、「自分を生きる」ために、自己探究を重ねていきます。
自己探究の過程で、自責の念からどうしても逃れられず、長丁場を覚悟した私でした。
ところが、意外なほど簡単な方法で、自責の念を消し去ることができたのです。
そして、私自身にからみつき、私をしばっていた「母の呪縛」が意味を持たなくなるという、新しい体験が起きました。
今回は、「自分を責める内なる声」が消えたことをきっかけに、「母の呪縛」が意味を失うという、新しい体験が起きた、そのときの出来事について、お伝えします。
自責の念が消え、次なるステージへ
自責の念があっさり消えました。
様々な心理療法(カウンセリング、セラピー)を受けても、学んでも、しぶといほどに私にへばりついていたのに!
私の自責の念を消してくれたのは、精神科医の杉山登志郎先生が編み出したトラウマ治療法(TSプロトコール)の1つ、「手動処理」です。
「身体の4ヶ所を両手で交互にタッピングする」という、ごくごく簡単な方法。
自責の念がフラッシュバックであれば、この方法で消えるのです。
これまで、価値観を根底からくつがえすような新しい体験をしたときに、数ヶ月程度、自責の念が消えていたことはありました。
それが、こんなに簡単な方法で、あっさり消え去るとは、思いもよりませんでした!
「自分を責める内なる声」が聞こえないだけで、気持ちが軽やかになります。
嫌なことがあれば、ガッカリしますし、腹も立ちますが、以前に比べれば、長引きません。
しばらくすると、ケロッとするのです。
一般の人たちは、こんな心持ちで日々を送っているのか~。
思わず、にんまりしていたら――。
私の中で、新たな展開が起こりました。
まるで、自責の念がなくなったことが、次なるステージへの下地になったような感じです。
※自責の念(フラッシュバック)を消す方法について、詳しく知りたい方は、こちらもどうぞ。
意味の分からない体験が起きた
「マインドフルネス」の状態で自分に気づいていく
私が、「ハコミセラピー」※1 の手法を使ったグループワークに参加したときのことです。
自責の念がなくなって、3週間が経ったころでした。
※1:「ハコミセラピー」とは、「マインドフルネス」を使って、心と身体の両方に働きかける心理療法です。
私は、参加者とペアになり、「自分は何者か」というワークをおこないました。
目をつぶり、ゆっくりと呼吸をしながら、「今この瞬間」に起きていることに意識を向けていくという、「マインドフルネス」の状態(瞑想状態)になります。
「ハコミセラピー」の肝となるのが、この「マインドフルネス」。
マインドフルネスの状態になると、覚醒した意識が低下していき、無意識にあるものが現れやすくなります。
ハコミセラピーのグループワークでは――。
マインドフルネスの状態で、声をかけてもらう、身体をゆっくり動かすなどの実験をおこない、自分の心の内側で起きていることに気づいていくのです。
「自分は何者か」というワークで起きた体験
さて、「自分は何者か」というワークでは――。
マインドフルネスの状態になった私に、ペアになった相手が、シンプルな言葉をかけていきます。
あなたはだあれ?
自分の名前、年齢、性別、出生地、在住地、職業など、いろいろなことが浮かびます。
浮かんできたことに対して、「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」と心の中で声をかけ、それを横に置いていく。
そんなやり取りをしばらく続けていたところ――。
意味がない!!
いきなり、低く、厳しい声が頭の中に響きました。
何のことやら、意味が分からず、戸惑っていると――。
急に、頭の中でイメージが展開されていきます。
小さな窓がパカッと空いて、窓の外に宇宙空間が広がっている。
白い宇宙服を着た人が、窓から宇宙空間に流れ出ていく。
同時に、私の身体に変化が起きてきました。
全身を悪寒のようなしびれが伝わっていく。
その後、全身が燃えているように、カーッと熱くなる。
熱がゆっくりゆっくり冷めていくと――。
頭が空っぽ。
全くもって、意味の分からない体験。
でも、何か大きなことが起こったような気がしました。
「母の呪縛」が意味を失う
体験の意味を考える
ハコミセラピーのグループワークでの体験は、いったい何だったのか。
あれこれ考えた末、ピンときたものがあります。
「母のお気に入りにならなければいけない」という、「母の呪縛」。
もう意味はない、ってことだ。
「母の呪縛」の正体
私は、幼いころから、母にしいたげられ、ののしられるような環境で育ちました。
そうした環境の中で、幼い私は、自分の小さな世界を理解するために、次のようなビリーフ(信じ込み)を作り出したのです。
母に嫌われたら生きていけない。
生き延びるためには、母に好かれなければいけない。
そして、幼い私は、「母のお気に入りを目指す者」という役割を、自らに与えたのです。
ある意味、その役割が、私の存在そのものでもあり、使命のような感じ。
たしかに、3~4歳の幼児にとって、親に嫌われ、捨てられたら、生きていけません。
ですが、成人して収入を得るようになれば、親に嫌われても、死ぬことはありません。
そんなこと、頭では分かっていました。
でも、私の心の中にいる幼い私は、どうしても納得できなかったようです。
「母に嫌われたら生きていけない」という考えを、ギュッと握りしめていた。
ある意味、「母の呪縛」を作り出し、それにからめ取られていたのは、幼い私だったのです。
そして、自分を責めることは、理想の人物になるための1つの方法だったとも言えます。
ただ、どんなに努力をしても、母が生きている間、私が母のお気に入りになることはなかった。
そのため、母のお気に入りになれない自分を嘆き、悲しみ、自らを責め抜くという沼にはまっていったのです。
自責の念が消えたことの影響
ところが、自責の念がなくなったとき――。
「自分を責める内なる声」の攻撃を防御する必要がなくなり、私の中に余力が生まれました。
生まれた余力は無意識の中にも注がれ、無意識の中で状況を整理する力となる。
「自分は何者か」と問われたときに、「母のお気に入りを目指す者」という役割が、ピンとこなくなる。
そして、「母のお気に入りにならなくてはいけない」という「母の呪縛」に、もはや意味はないと結論が出る。
そうした一連のプロセスを経て、「意味がない」という言葉が浮かび上がり、その気づきに全身が反応するように、不思議な体感覚が広がったのです。
無意識が引き起こす体験は、人の意識や認識を超えることがあります。
裏を返せば、いくら意識し、認識しても、無意識の中にあるものが変わらないこともあるのです。
もちろん、自責の念が消えたことだけが、「母の呪縛」の消失に影響している訳ではありません。
「ハコミセラピー」での様々なワークを通して、母との関係で生じた心の傷が癒えていったことが、一番大きいと思います。
いずれにしても、諦めずに努力を重ねていけば、自分にとって適切なタイミングで、自分に必要なことが起きるのです。
とはいえ、「母の呪縛」の消失は、私一人で手にしたものではありません。
専門的な技法と、安心できる学びの場があったからこそ、たどり着けた変化でした。
※「母の呪縛」とも言うべき「ビリーフ(信じ込み)」が簡単に手放せなかったことについては、こちら。
一人で頑張らなくても大丈夫
自分を責める声の攻撃を防ぐのに精一杯だと、無意識の中で答えを出す余力が生まれません。
安心できる場で、その声から少しずつ解放されていくことで、初めて、自分にとって必要な気づきが訪れます。
まずは、話してみるだけで構いません。
長い間、一人で抱えてきた。
それだけで、十分すぎるくらい頑張ってきたということです。
「もう少し、楽になってもいいかもしれない」と感じたなら、その気持ちを最初の一歩にしてください。
私が提供している「ストレングス×パーツ統合アプローチ」では、あなたを長年しばってきた「呪縛」のような思い込み(ビリーフ)にも、そのまま向き合いながら、一緒にひも解いていきます。
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※続きはこちら。「母の呪縛」が意味を失ったら、自分を肯定する感覚が湧き上がる体験をしました。その後の自己探究のプロセスが気になる方へ。
※「ハコミセラピー」について、詳しく知りたい方へ。
【参考文献】
フラッシュバックを消す「手動処理」について、詳しく知りたい方は、こちらもどうぞ。
- 杉山登志郎(2019)「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」 誠信書房
- 杉山登志郎(2021)「テキストブック TSプロトコールー子ども虐待と複雑性PTSDへの簡易処理技法ー」 日本評論社
























