「なんちゃって慈悲の瞑想」でも1年続けたら効果絶大
心を落ち着けたいと思っても、瞑想や本格的なセルフケアは、なんだかハードルが高い。
毎日やるのは無理だな。
そう感じたことはありませんか。
なかなか取り組めないのは、あなたの意志が弱いからではありません。
真面目にきっちりやらねばいけないと思うほど、かえって手がつけづらくなるし、続かなくなるものなのです。
私もその一人。
でしたが、本で知った「慈悲の瞑想」を、無理のない範囲でテキトーに生活に取り入れてみたところ――。
1年続けたら、思っていた以上の効果が出て、私自身がビックリしました。
今回は、正式な手続きを踏まない、自己流の「なんちゃって慈悲の瞑想」でも、1年続けたら、なかなかの効果が出た、という体験報告をさせていただきます。
「なんちゃって慈悲の瞑想」って何?

正式な「慈悲の瞑想」
正式な「慈悲の瞑想」は、ざっくり言うと、次の通り。
- 仏教を実践するうえで土台となる「慈悲の心(慈しみの心)」を育てるためにおこなう。
- 決められた言葉を、静かに心にしみこんでいくように、丁寧に丹念に念じる。
- 姿勢は背筋と頭をまっすぐにして、目を閉じておこなう。
「慈悲の瞑想」は、安定したメンタルをつくる方法、精神疾患からくる不安を和らげる方法として、何冊かの本に紹介されていました。
「ちゃんとやったら、素晴らしい効果が得られるんだろうなあ」とは思うものの――。
時間をさいて、イスや床に座り、目を閉じて、「慈悲の瞑想」をやるのは、面倒すぎると感じるのは、私だけでしょうか。
「慈悲の瞑想」の言葉
「慈悲の瞑想」の決められた言葉って、どんな言葉?
そんな風に思うあなたのために、「慈悲の瞑想」の言葉を書き出してみました。
①の言葉を唱えた後、②以降は「 」の部分の言葉を入れ替えて、同じように唱えます。
①「私」は幸せでありますように
「私」の悩み苦しみがなくなりますように
「私」の願いごとが叶えられますように
「私」に悟りの光が現れますように
「私」は幸せでありますように(3回くり返す)②「私の親しい命」
③「生きとし生けるもの」
④「私の嫌いな生命」
⑤「私を嫌っている命」
※④、⑤に関しては、3回くり返す最後の言葉は言わなくてOK。
⑥生きとし生けるものが幸せでありますように(3回くり返す)
日本テーラワーダ仏教協会ホームページ「慈悲の瞑想」より引用
自己流でテキトーな「なんちゃって慈悲の瞑想」
正式な「慈悲の瞑想」に取り組むには、ハードルが高すぎるので――。
自己流にテキトーにアレンジしたのが、「なんちゃって慈悲の瞑想」です。
私が実践している「なんちゃって慈悲の瞑想」のやり方は、以下の通り。
- お風呂に入っているときに、「慈悲の瞑想」の言葉を唱える。
- 頭を洗っているときは目をつぶっているが、ほかのときは目を開けている。
- 身体はつねに動いている(あちこち洗っているのでね)。
- ゆとりがあるときは、言葉にそくしたイメージを思い浮かべる。(例:「私の嫌い生命」について唱えるときは、ケンカをした夫の顔をありありと思い浮かべる、「悟りの光に……」のくだりで、光に包まれる様子をイメージする、など)
- 言葉の区切りのいいところで、ゆっくり1回、深呼吸をする。
これだけです。
お風呂に入っている間、ずっと唱えています。
所要時間は、まあ、30分ぐらいでしょうか。
意外と長いので、実践時間としては、まずまずではないかと。
基本的に、毎日、取り組んでいます。
でも、すっごく疲れて、声を出すのがシンドイときは、お休み。
実は、私が「なんちゃって慈悲の瞑想」に取り組むようになったのは、母の最期の言葉があまりにもひどいものだったからです。
ただ、かなりキツイ言葉なので、親御さんとの間でツライ思いをしてきた方は、次の章は読み飛ばし、‟「なんちゃって慈悲の瞑想」の効果”の章からご覧いただいても構いません。
「なんちゃって慈悲の瞑想」を始めたのには訳がある
私が、「なんちゃって慈悲の瞑想」を始めたのは、母の死がきっかけでした。
私に対する母の最期の言葉が、「ナオミは、バカで、ノロマで、肝心なときに役に立たない」。
その言葉を聞き、私は筆舌に尽くしがたいほどの衝撃を受けたのです。
私は、幼いころから、母に厳しい言葉をかけられて育ってきました。
「いつか母に認められるような人間になりたい」と思って努力をしてきたため、傷つきは生半可なものではありません。
母を看取ってから、四六時中、母の最期の言葉が思い出されます。
ストレスを解消しようと思い、好きなことをしているとき。
ちょっと気が緩んだ瞬間。
どんなときでも、母から言われた言葉が、頭の中にまざまざと浮かんできます。
もう、ツラくて、苦しくて、いたたまれない。
それで、ワラにもすがる思いで、「慈悲の瞑想」を試してみたのです。
「なんちゃって慈悲の瞑想」の効果

「なんちゃって慈悲の瞑想」を1年間、続けたところ――。
日常生活での変化を実感するようになりました。
すぐに感じることができる効果と、1年の積み重ねで感じる効果について、お伝えしますね。
「なんちゃって慈悲の瞑想」の即時的な効果
母の最期の言葉を思い出すと、つらくなる日々が続いた私。
特に、お風呂に入っているときは、母の言葉が頭の中を駆けめぐり、地獄の業火で焼かれるような苦しみにさいなまれました。
そこで、ものは試しとばかりに、お風呂に入りながら、「慈悲の瞑想」の言葉を唱えてみたところ――。
なんと、お風呂を上がるころには、気持ちが落ち着いています!
入浴中だけでなく、通勤電車の中、最寄り駅まで歩く道すがら、布団に入って寝つくまでの時間。
ふと気が緩み、母の言葉を思い出したときには、すかさず、ブツブツと「慈悲の瞑想」の言葉を唱えました。
一心に唱えていると、心がスーッと穏やかになります。
あんなにツラかったのが、ウソみたい!
ただ、しばらく経つと、また、気持ちがクサクサしてきます。
粘り強く取り組むことが必要です。
「なんちゃって慈悲の瞑想」の長期的な効果
「なんちゃって慈悲の瞑想」を1年続けて感じた効果は、次の通り。
①心の回復力(レジリエンス)がついてきた。
- 日常生活で、ネガティブな感情が浮かんでも、しばらくすると、気持ちが軽くなる。
- 気持ちが揺さぶられるような出来事があっても、ひと晩、寝ると、何とかなる。
②「自分はこのままでもいい」という感覚がもてるようになる。
③自分のことを大切にできるようになる。
④自分のありのままを受け入れることができるようになる。
残念ながら、「慈悲の心(慈しみの心)」が育ったかは、かなり微妙。
夫とケンカをするときは、相変わらず、ひどい言葉を吐き捨てていますから。
ですが、私の予想をはるかに上回る効果が得られました。
「なんちゃって慈悲の瞑想」を1年間続けて得られた効果について、じっくり考えてみると――。
私自身が、長年にわたり、ストレス解消がうまくいかず、苦しい思いを抱えていた、ということに気づきました。
ネガティブな感情を長々と引きずる。
自己否定の連鎖に入ると、数週間から数ヶ月は出てこれない。
自分のことを大切にできない。
自分のことが大キライ。
もちろん、「なんちゃって慈悲の瞑想」だけで、改善した訳ではありません。
数年にわたり、身体の感覚や無意識に働きかける心理療法(ハコミセラピー)のグループに参加したことも、大きかったと思います。
でも、「なんちゃって慈悲の瞑想」は、私にとって、苦しい思いから抜け出す、強力なサポーターとなったのです。
「なんちゃって慈悲の瞑想」をすると苦しみがなくなる理由

「なんちゃって慈悲の瞑想」という、かな〜りテキトーなもの。
そんなものでも、毎日続けることで、苦しみがなくなったのは、なぜか?
改めて考えてみました。
自分に与えるダメ出しが苦しさの源
苦しい思いをするのは、実は、嫌な出来事があったせいではありません。
「自分で自分に与えるダメ出し」が、自分の心をエンドレスに削っているから。
私の場合、夜、お風呂に入っていると、一日にあった嫌なことを思い出します。
なんで、あんなことをしてしまったんだろう。
本当に、私はダメな人間。
自分にダメ出しをするのが習慣となっていました。
何十年も、ず~っとやっていた習慣です。
もちろん、自分を責める裏には、「より良い自分になりたい」という切なる願いがあります。
だからこそ、「理想的な自分」になれないと、がっかりして、ダメな自分を嘆く、責めるという悪循環。
悪循環にはまり、自分へのダメ出しを続けていると、どんどん苦しくなっていく。
特に、母の最期の言葉をくり返し思い出すと、「自分はダメな人間だ」という焼き印を心に押しつけられるような感じ。
心がズタズタになり、生きているのが苦しいほどになりました。
「なんちゃって慈悲の瞑想」が自分を責める悪循環を断つ
自分を責めるネガティブスパイラルにはまっているときに、「慈悲の瞑想」の言葉を唱えることに集中すると――。
自分を責める考えがどこかへいってしまうので、心が穏やかになる!
「なんちゃって慈悲の瞑想」というテキトーなものでも、言葉を間違えずに、順番どおりに唱えようとすると、わりと神経を使います。
そのため、自分を責めたり、嫌なことを思い出したりする「ゆとり」がなくなるのです。
つまり、
嫌なことを思い出す・考える時間をもたなければ、心の健康が保たれる。
削られることがなければ、心は回復していき、本来の力を取り戻します。
穏やかな心を手にするためには、自分を責める、あるいは、嫌なことを思い出す代わりに――。
「別なことをすればいい」のです。
そして、「慈悲の瞑想」の言葉は、とても美しいし、優しい。
美しく、優しい言葉には、心を浄化する力があります。
「言霊」ですね。
自分を責め続ける無限地獄にハマっている人に、「慈悲の瞑想」の言葉は、ささります。
たとえ、なんちゃってでも。
私自身、心を軽くするために、さまざまなセルフケアを試しましたが、コスト対効果が一番良かったのが、「なんちゃって慈悲の瞑想」。
あなたも、ぜひ、お試しください。
「なんちゃって慈悲の瞑想」の効果が感じられないとき

私にとっては、効果絶大だった「なんちゃって慈悲の瞑想」。
ですが、人によっては、効果が感じられないときがあります。
やる気が起きない
そもそも興味がもてなければ、無理に取り組む必要はありません。
「面白そう」「やってみようかな」と思うものが、自分のためになるからです。
また、「慈悲の瞑想」の言葉がピンとこない、難しいと感じる場合は――。
自分を責める代わりにおこなう「別なこと」を探してみてはいかがでしょう。
一心不乱で取り組めることがオススメです。
それから、心身の状態が、あまり良くないときは、興味を覚えても、取り組む意欲がもてません。
そんなときは、心と身体が休息を求めているサインを出しています。
まずは、ゆっくりと休んで、養生してください。
※「慈悲の瞑想」の言葉になじめないので、別な方法を知りたいという方は、こちらもどうぞ。
嫌いな相手の幸せを願えない
慈悲の瞑想には、「『私の嫌いな』・『私を嫌っている』生命が、幸せでありますように」という一文があります。
誰かからひどく傷つけられた体験がある人にとって――。
そんなヤツの幸せなんて、とてもではないが願えない
と思うのは、ごく自然なことです。
そう感じる場合は、拒否感を覚える文章を取り除いて、「なんちゃって慈悲の瞑想」に取り組むという方法もアリです。
自分ができる範囲で幸せを願う言葉を唱えるだけでも、効果は得られます。
心の傷つきが深い
心の傷つきが深い場合、「なんちゃって慈悲の瞑想」には取り組めません。
あまりにも心が傷ついている場合、他の人はもちろん、自分自身の幸せを願う余力がないからです。
それに、「なんちゃって慈悲の瞑想」は、あくまで心を落ち着けるための応急処置のようなもの。
- ひどく傷つけられた体験があり、心の傷が癒えていない。
- 自分を責める思いが強く、自分の幸せを願うことができない。
そういう場合は、心の傷つきを根本から対処することが必要です。
セルフケアで心を整えるという方法もあります。
ですが、傷つく体験をするときは、一人ぼっちで耐え忍んでいることがほとんど。
一人でやろうとすると、孤独感が強まり、傷つきを増やしてしまうかもしれません。
専門家など、安心できる誰かと一緒に取り組むことで、初めて見えてくるものもあります。
一人で頑張らなくても大丈夫
心を落ち着けたいと思っても、なかなかうまくいかない。
そんなもどかしさを感じることもあるはずです。
「なんちゃって慈悲の瞑想」のような、ゆるいセルフケアも、心を支える力にはなります。
それでも、傷つきや自分を責める考えの根っこにあるものに向き合うには、一人では難しい部分もあるのは、正直なところ。
私自身も、「ハコミセラピー」の専門家や仲間たちと一緒に、心の傷つきや自責に取り組んできたからこそ、気持ちがやわらいでいったところがあります。
まずは、話してみるだけで構いません。
長い間、一人で抱えてきた。
それだけで、十分すぎるくらい頑張ってきたということです。
「もう少し、楽になってもいいかもしれない」と感じたなら、その気持ちを最初の一歩にしてください。
私が提供している「ストレングス×パーツ統合アプローチ」では、こうしたセルフケアだけでは届かない、自分を責める考えの根本原因にも、一緒に向き合っていきます。
👇 まずは体験セッションから(初回限定・50分・2,500円)

※「慈悲の瞑想」を唱えても「慈しみの心」が育たないことについて、もっと知りたい方へ。
※手強い自責の念の正体を把握し、対処していくことに関心がある方へ。
【参考文献】
「慈悲の瞑想」について書かれており、私をその気にさせた本は、こちらです。
- メンタリストDaiGo(2018)「週40時間の自由をつくる長時間術」実務教育出版
- 弥永英晃(2018)「症状改善率98%のカリスマ心理カウンセラーが明かす パニック障害の不安がスーッと消え去る17の方法」大和出版
























