ひと筋縄ではいかない「自責の念」の正体と攻略法

2026年7月12日

何かうまくいかないことがあるたびに、頭の中で批判の声が響く。

「なんでこんなこともできないの」

「どうせ自分はダメだ」

「また失敗した。本当に情けない」

 

その声に打ちのめされて、気力を失ってしまう。

そんな経験を、繰り返していませんか。

 

「自責の念」に悩む方は多いのですが、「分かってはいるけど、やめられない」という声をよく聞きます。

実はそれ、意志が弱いからでも、性格のせいでもありません。

「自責の念」は、三重構造になっているから、ひと筋縄ではいかないのです。

 

この記事では、28年の臨床経験と自己探究から見えてきた、「自責の念」の三重構造と、それぞれの正体、攻略のヒントについてお伝えします。

 

なぜ「自責の念」はやめようと思ってもやめられないのか

 

 

「自分を責めるのは、もうやめよう」と、頭では分かっている。

本を読んで、原因も理解できた。

それでも、何かあるたびに、また自分を責めてしまう。

こんな経験はないでしょうか。

 

この「自責をやめられない」には、理由があります。

「自責の念」を一つのものとして捉えていると、いつまでも攻略できません。

実際には、層の異なる三つの「自責の念」が重なって、あなたを苦しめているのです。

 

私自身、心理カウンセラーとして働きながら、自己探究を続け、この三重構造に気づくまでに、長い年月がかかりました。

それぞれの層を理解すると、「ああ、だから、自分責めがやまなかったのか」と、腑に落ちる感覚があるはずです。

 

「自責の念」の仕組み(三重構造)とその攻略法

 

 

長年にわたる、心理カウンセラーとしての業務、そして、自己探究の末。

「自責の念」が、三重構造になっていることが分かりました。

その仕組みをひもとくにあたって、各々の特徴、正体、攻略法について、お伝えします。

また、プライバシー保護の観点から、私自身の体験を例として出しています。

 

第一層:指示と叱責をくり返す「自責の念」

第一層の「自責の念」の特徴

「自責の念」の三重構造のうち、一番上の階層にあるのが、「指示と叱責をくり返す自責の念」。

‟幼い頃から親の指示や叱責をくり返し受ける”という体験から、この階層が生じています。  

 

この階層の「自責の念」の特徴は、以下の通り。

  • 目指すべき「理想の姿」があり、それに近づくよう指示を飛ばしまくる。
  • ほんのちょっとでもうまくいかない気配を感じると、叱責の嵐が吹き荒れる。  

 

この「理想の姿」がクセモノです。

ひとことで言えば、「完璧な人間」。  

「完璧な人間」になれるはずがないので、指示と叱責がやむことはありません。

 

幼い頃から、母の指示や叱責をくり返し受けてきた私の場合。

頭の回転が速く、気が利き、有能で、何事も的確にこなし、全ての人々から好かれる、といった人間像が「理想の姿」です。

そのため、人と関わるときには、以下のような指示が、頭の中に次々と浮かびます。

  • 相手に対して、決して失礼があってはいけない。
  • 自分のほうから、相手に愛想よく話しかけ、相手から好かれないといけない。
  • 相手が興味をもつような、気持ちが楽しくなるような話題じゃないと、ダメ。
  • 相手には、ほんのちょっとでも、不快な思いをさせてはいけない。
  • 黙っていたら、相手を嫌な気持ちにさせてしまうから、すぐさま、気の利いたことを言わないといけない。

 

私が、どんな話題を出したらいいか、困っていると、私の内側で容赦ない叱責が飛びかいます。

  • 気の利いたことの1つも言えないなんて、情けない。
  • 相手を不快な気持ちにさせるなんて、最低な人間がすること。
  • そんなだから、みんなに嫌われる。
  • ろくに会話もできない人間は、誰にも相手にされない。

 

心の内側で指示と叱責がくり返されることで、私は人と関わることが怖くなり、対人恐怖のような状態になっていました。

 

第一層の「自責の念」の正体

この階層の正体は、「認知・思考的フラッシュバック」です。  

 

精神科医である杉山登志朗先生の著書に、以下のように書かれていました。

「認知・思考的フラッシュバック」とは、心理的虐待を受けて育った子どもが、成人をした後も、何事かに取り組もうとすると、そのたびに、「どうせ自分はできない」「何をしても自分はダメな人間だ」という考えが浮かんでくる。

これもまた、虐待者に押しつけられた思考の再体験である。

※杉山登志郎(2021)「テキストブック TSプロトコールー子ども虐待と複雑性PTSDへの簡易処理技法ー」日本評論社   より抜粋

 

つまり、物事に取り組もうとするたびに、養育者(多くの場合は親)に押しつけられた思考が、反射的に再体験されているのです。  

 

第一層の「自責の念」の攻略法

この層には、「フラッシュバックを鎮める身体的なアプローチ」が有効です。

脳の過覚醒を落ち着かせることで、自動的に浮かんでくる批判の声が、だいぶ静かになっていきます。

 

ただし、フラッシュバックの強さや頻度は人によって異なります。

「試してみたけど、うまくいかなかった」という場合は、あなたに合った方法が、他にある可能性が高いです。

 

第二層:出来の悪い自分を罵倒する「自責の念」

第二層の「自責の念」の特徴

「自責の念」の三重構造のうち、真ん中の階層にあたり、出来の悪い自分を罵倒するのが、この第二層。

‟幼い頃から他者と比較され、罵倒されたり、バカにされたりする”という体験から、この階層が生じています。 

前述した「フラッシュバックを鎮める身体的なアプローチ」を行っても、自責の念が出てくる場合は、この第二層が働いている可能性が高いです。

 

この階層の「自責の念」の特徴は、以下の通り。

  • 他の人と自分を比較して、少しでも劣った点があると、容赦なく罵倒してくる。
  • 生きることがつらくなるほど、自分を責め抜いてくる。

 

この「他の人と自分を比較して」がクセモノです。

比較対象が「一流の人・世界一の人」だったりします。

一般人が「一流の人・世界一の人」になれることは、ほとんど望めないため、自分を罵倒する声が、心の内側から無くなることはありません。  

 

私の場合は、幼い頃から1歳下の弟と比較され、いかにダメな子であるか、母に叱られて育ちました。

そんな私は、私より仕事ができる同僚や、業界で成功している人たちの仕事ぶりを見ると、私をこきおろす声が私の内側から浮かび上がってくるのです。

  • 鍛錬を積んでも、使いものにならないポンコツは要らない!!
  • こんな使えないヤツは、この世から消えたほうがいい!!
  • 世界中のみんなが私を許しても、私が私を絶対に許さない!!

 

出来の悪い私をとことん罵倒してくるため、心が折れてしまい、無気力になることがあります。  

 

第二層の「自責の念」の正体

この階層の正体は、親から認められたいと切に願う「内なる子ども(インナーチャイルド)」です。  

 

親から愛され、受け入れられたという体験に乏しい場合。

「親に認められたい。親に愛されたい」という執着が、「自分はスゴイ人になれる」という幼児的万能感(幼い子どもが、自分はスゴイと思っていること)と結びつき、「スゴイ人になれば、親から認められる」という考えに固まってしまいます。  

そして、親が自分を叱りつけ、別の人をほめる様子を見て育つと、「あの人のように優れた人間になれば、自分も親から認められる」と思い込み、他者と自分を比べる観点が染みこんでしまうのです。

 

幼い子どもにとって、親から認められない、つまり、見捨てられることは、命に関わる問題なので、ある意味、必死!

そのため、「スゴイ人になれない自分」「一流にはほど遠い自分」を目の当たりにすると。

もう、ガッカリして、腹が立って、やりきれなくて、自分自身を罵倒せずにはいられないのです。  

 

第二層の「自責の念」の攻略法

この層に有効なのは、罵倒してくる部分を「押し込めようとしない」こと。

抑えようとすると、反発するように声が大きくなりがちです。

その声の奥にある「切なる願い」に気づいていくアプローチが、じわじわと効いていきます。

 

ただ、罵倒してくる部分(パーツ)の性質が、人によって微妙に異なるので、アプローチの仕方は千差万別。

それだけに、「切なる願い」がどのようなものであるのかを、一人で探っていくのは、なかなかに難しいことが多いです。

 

第三層:ダメ人間の自分を嘆き悲しむ「自責の念」

第三層の「自責の念」の特徴

「自責の念」の三重構造のうち、一番下、根源の階層にあたります。

‟親から十分に愛されなかった”という体験から、この階層が生じています。  

 

この階層の「自責の念」の特徴は、以下の通り。

  • ちょっとでもうまくいかないことや、不安なことがあると、うじうじと自己否定を始める。  
  • 自分のダメな点にばかり焦点が当たっていく。

 

そして、何より特徴的なのは、「自分の存在を全否定する」ということ。

文字通り、自己否定の沼に沈んでいきます。

 

そこに、上述した第一層、第二層の「自責の念」に責められることが加わると、お先真っ暗な状態に。

私の場合は、こんな自己否定の言葉が、脳裏をよぎります。 

  • やっぱり私は要らない子。
  • 私はどんなに頑張ってもダメな子。
  • 私みたいな子は、この世に要らない。
  • 私がいないほうが、みんな幸せになる。

 

あまりに強い自己否定の言葉に、身体も心も悲しみで打ちひしがれ、機能が停止状態になります。

最終的に、身動きができないほど、落ち込んでしまうのです。  

 

第三層の「自責の念」の正体

この階層の正体は、「自分はダメな子」と信じ込んでいる「内なる子ども(インナーチャイルド)」でした。  

 

私の場合は、3歳半~4歳半のころ。

母が父方祖父母と同居し、泣き暮らすほどツライ思いをしていたとき、私の中で生まれた「内なる子ども」です。  

 

当時、母は、新しい生活に慣れず、嫁姑の問題に苦しみ、幼い私に構うゆとりがなかったのでしょう。

私は、母から見捨てられたように感じ、「私は要らない子」と思うようになったに違いありません。  

 

その後、私が母の思い描く「良い子」にはほど遠かったことと、1歳年下の弟の出来が良かったことが、事態を悪化させていきます。

弟ばかりが褒められ、母に可愛がられる一方で、私は怒られ、母の気が済むまで罵倒される。

そうした環境のもと、「やっぱり私は要らない子」「私はどんなに頑張ってもダメな子」という信じ込みが、深く深く定着していったのです。  

 

第三層の「自責の念」の攻略法

この層に有効なのは、自己否定に打ちひしがれている「内なる子ども」に、ただ寄り添うこと。

責めるでも、励ますでもなく、「そこにいるよ」と伝えるような関わりが、少しずつ安心感を育てていきます。

 

ただ、長年一人で抱えてきた痛みは、自分一人でアプローチしようとすると、かえって苦しくなることがあります。

「内なる子ども」の悲しみが深すぎるがゆえに、心の内側にある「大人の部分」がうまく寄り添えない場合は、特に注意が必要です。

 

まずは、自分自身の強みを再認識することで、「大人の部分」をエンパワメントしていきます。

それと同時に、安全な場で、誰かと一緒に、「内なる子ども」の部分に向き合うことが、この層には、特に大切です。

 

自分はどの層にいるのか

 

ここまで読んで、「自分にも当てはまるかもしれない」と感じた方がいるかもしれません。

あるいは、「三つの層のうち、自分はどれだろう?」と気になっている方もいるでしょう。

 

ひとつお伝えしておきたいのは、「自責の念の層は、自分一人で正確に把握するのがとても難しい」ということです。

なぜなら、「自責の念」そのものが、自分の見方をくもらせているからです。

 

たとえば、「私は第三層(ダメな子と信じ込んでいる内なる子ども)だと思う」と自己診断していても、実際には第一層(フラッシュバック)が先に動いていて、それに引きずられていることも少なくありません。

 

いずれにしても、「自分はどの層にいるのか」が分かると、次のステップ(攻略法)が見えてきますが、その特定に苦戦するのです。

 

専門家の目から「あなたの自責の念」を一緒に整理してみませんか

私が提供している「ストレングス×パーツ統合アプローチ」では、あなたの話や身体の感覚をもとに、三重構造のどこに働きかけると効果的かを、一緒に探っていきます。

これまで28年・約1,500人の相談者の方々と向き合ってきた経験から、「自責の念が強い人」には、共通したパターンがあることが分かってきました。

そのパターンを知るだけで、「自分を責めていたその声も、実は自分を守ろうとしていた」という気づきが生まれ、世界の見え方が少し変わっていきます。

 

長い間、一人で抱えてきた。

それだけで、十分すぎるくらい頑張ってきたということです。

「もう少し、楽になってもいいかもしれない」と感じたなら、その気持ちを、最初の一歩にしてみてください。

 

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「自責の念が気になっているけれど、カウンセリングに踏み出す前にもう少し読んでみたい」という方には、こちらの記事も参考になるかもしれません。

 

※第一層(フラッシュバック)へのアプローチを、もう少し詳しく知りたい方へ。

※第二層・第三層の「内なる子どもの願い」について、読み進めたい方へ。

 

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