記憶にない体験がよみがえり、自分を肯定する感覚が湧き上がる【私が自分を生きるまで⑳】
母から否定的な言葉をかけられて育ち、「自分は要らない人間」と信じ込んで生きてきた私。
生きづらさを解消し、「自分を生きる」ために、自己探究を重ねていきます。
自己探究の過程で、フラッシュバックだった自責の念が、簡単なタッピングで消え去ると――。
「母のお気に入りにならなくても良い」という感覚が、降ってわいたように生じてきました。
すると、今度は、記憶にない体験が、身体の感覚を通して思い出され、自分を肯定する感じが浮かび上がってきたのです。
今回は、「母の呪縛」が解けたことをきっかけに、記憶にない体験がよみがえり、自分を肯定する感覚が湧き上がってきた、そのときの出来事について、お伝えします。
「ハコミセラピー」のワークで起きた、訳の分からない体験
「ハコミセラピー」のワークで自分を探る
身体が覚えている何かが、噴き出してきました。
2024年3月。
私が所属している「日本ハコミ・エデュケーション・ネットワーク(JHEN)」で、特別研修が行われました。
その特別研修の講師を務めていたのは、カナダ人のシニアトレーナー、ジョージア・マービンさん。
ジョージアさんが提案する、あるシンプルなワークに取り組んでいたときのことでした。
2人組で行うワーク。
次のような手順でおこないます。
①体験する側が、目をつぶり、ゆっくりと呼吸をして、「今この瞬間」に起きていることに意識を向けていくという、「マインドフルネス」の状態(瞑想状態)になる。
②マインドフルネスの状態のまま、自分が心地よいと思う場所に、相手の手をあててもらう。
③相手に触れてもらっているまま、マインドフルネスの状態で、自分に起きてくることに意識を向けていく。
「ハコミセラピー」は、「マインドフルネス」を用いて、心と身体の両方に働きかける心理療法です。
マインドフルネスの状態で、声をかけてもらったり、身体にふれてもらったりしたときに、自分に起きることに気づいていきます。
涙がとまらないという訳の分からない体験
さて、私がこの「手をあててもらう」というワークを体験する側だったとき。
手をあててもらうというより、両腕を背後から抱えるように触れてもらいたくなりました。
両腕に触れてもらうと、そのまま、相手に寄りかかりたりたい感じが起きてきます。
そして、マインドフルネスの状態のまま、「今この瞬間」に起きている自分の感覚に意識を向けていくと――。
訳の分からない何かが、急に込み上げてくる!
しかも、涙がボロボロこぼれて、とまらない。
込み上げてくるものの圧がハンパなく、のどが詰まって、息苦しいほど。
なんなんだ、これは!
訳が分からないのに、涙がとまらないという、驚きの体験に、戸惑うばかりでした。
私は、身体に働きかけることの威力を、まざまざと痛感したのです。
訳が分からない体験の正体は「父の無償の愛」だった
父の姿が浮かんでくる
私が、訳の分からない体験に圧倒されていたとき――。
ジョージアさんが、今おこなっているワークに続けて、次のワークを提案しました。
相手の手が触れているところに、「大切な人」がいるというイメージを思い浮かべる。
「大切な人」と言われたとき、私の中で浮かんだのは、父の姿。
父が私の背後にいて、両腕に手を回してくれ、私は父のお腹に寄りかかっている感じ。
そんな感じを味わっていると――。
急に、私が小学生のころ、母が笑いながら話していたことが思い出されました。
ナオミが、赤ちゃんだったころ。
家にいるとき、パパはいつも、ナオミを膝の上に乗せていたのよ。
食事中は、パパが食べこぼしたものが、ナオミの頭に降りかかって。
トイレで用を済ませるときも、ナオミを膝の上に乗せていたから、トイレから出ると、ナオミにもトイレのニオイが染みついていたのよ。
記憶にはないけれど、身体が覚えていた「父の無償の愛」
母の言葉を思い出すと、自分が体験していることの見当がついてきました。
ああ、そうか。
これは、幼い私が、父の膝の上に乗っていたときの感覚なのか。
父は、目に入れても痛くないほど、幼い私をかわいがってくれていたんだなあ。
ありがたい気持ちと嬉しさで、さらに、涙がこぼれてきました。
記憶には残っていないような幼少期の体験でも、身体がちゃんと覚えているんですね。
そして、私の血の半分には、父の血が流れているという、力強い感覚も生じてくる。
私の血の半分が、キラキラと輝き出すイメージも浮かぶ。
「私は、この世の中に存在して良い人間なんだ!」という感じが、強く湧き上がってくる。
身体に働きかけるワークを通して、私は、記憶には残っていなかった「父の無償の愛」に気づきました。
そして、自分を肯定する感覚も、自然に湧き上がってきたのです。
自分を肯定する感覚を「母の呪縛」が封印していた
「母の呪縛」が植えつけていたもの
私自身の体験を振り返って、気づいたことがありました。
今まで、「私の血の半分は汚れている」って、信じ込んでいたじゃない。
「私の血の半分が、キラキラと輝き出す」って、どういうこと?
そんなことを考えていると――。
母が、父や父方の親戚の悪口を、ひたすらに言い続けていたことが思い出されてきました。
父方祖父母と同居してから、嫁姑問題、父方の親戚からの苦言に傷ついた母。
父方祖父母や親戚、自分の味方になってくれない夫(父)に対する恨みが、積もりに積もっていったのでしょうね。
それに、身近に頼れる人がいなかった母。
長子であった幼い私を聞き役にして、父方祖父母、親戚、父の悪口を話すことで、母は自分の心のバランスを保とうとしていたのでしょう。
母が、父や父方の血縁をひたすらに悪く言うのを聞くしかなかった、幼い私。
父も、父方の血をもつ人たちも、全員、悪人。
私の半分には、悪人の汚れた血が流れている。
そう信じ込むようになっていったのです。
父から愛情を注がれていたことは、以前におこなった「ハコミセラピー」のワークでも気づいていました。
ですが、「私は、この世の中に存在しても良い人間なんだ」と思えたのは、今回が初めてだったのです。
そのことに気づくと、私の中に、ある考えが浮かんできます。
悪人の父から愛されても、悪人の私は汚れたまま。
父には感謝しかないけれど、汚れた自分のことを心底からは肯定できない。
父には申し訳ないのですが、そんな風に考える私がいたのです。
※父の愛情を初めて実感したことについて、もっと知りたい方は、こちらもどうぞ。
「母の呪縛」が解けて見えてきたもの
ところが、「母のお気に入りにならなくても良い」という感覚が私の中に生じてきて、ある意味、「母の呪縛」が解けたことで――。
父も私も、悪人の座から降りることができた。
記憶にない体験がよみがえり、「父の無償の愛」を実感することができた。
自分の存在を肯定する感覚が、自然に湧き上がってきた。
それに、今回のワークのあと、「ハコミセラピー」の仲間に、父から無償の愛を受けていたという体験をシェアしたところ――。
「お父さんの話、あんまり聞いたことないから、意外な感じ」と言われました。
いやはや、「母の呪縛」が強すぎて、父のことは、これまで、意識の外にはじき出されていたみたいです。
「母の呪縛」の正体は、母から叱られ続けた幼い私が、「母に嫌われたら生きていけない。生き延びるためには、母に好かれなければいけない」と信じ込んだことにあります。
今回の体験を通して、「母の呪縛」が、あり得ないほど強力だったことを思い知りました。
そして、「母の呪縛」に必死にしがみつくことによって、大人になった今でも、母の存在しか見えていなかったこと、そして、私が自分の存在を肯定する感覚を封印していたことを痛感したのです。
その一方で、「母の呪縛」が解けると、世界が広がっていくことを、実感したとも言えます。
とはいえ、こうした、身体の奥に眠っていた記憶にたどり着けたのも、安心できる場で、丁寧に寄り添ってくれる人がいたからこそでした。
※「母の呪縛」が意味を失うという体験が起きたことについては、関心がある方は、こちらもどうぞ。
一人で頑張らなくても大丈夫
記憶に残っていない体験でも、身体はちゃんと覚えています。
ただ、そこにたどり着くには、安心できる場と、丁寧に寄り添ってくれる人の存在が欠かせません。
まずは、話してみるだけで構いません。
長い間、一人で抱えてきた。
それだけで、十分すぎるくらい頑張ってきたということです。
「もう少し、楽になってもいいかもしれない」と感じたなら、その気持ちを最初の一歩にしてください。
私が提供している「ストレングス×パーツ統合アプローチ」では、あなたの中にある、まだ気づいていない部分(パーツ)の記憶や願いにも、そのまま耳を傾けながら、一緒にひも解いていきます。
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※続きはこちら。手強い自責の念の正体は、幼児的万能感の成れの果てでした。その後の自己探究のプロセスが気になる方へ。
※「ハコミセラピー」について、詳しく知りたい方へ。

























