ゴミ屋敷の中に亡き母の切なる願いが眠っていた【私が自分を生きるまで⑭】
母から否定的な言葉をかけられて育ち、「自分は要らない人間だ」と信じ込んで生きてきた私。
生きづらさを解消し、「自分を生きる」ために、自己探究を重ねていきます。
母が亡くなる直前、そして、亡くなった後に、ゴミ屋敷としか見えないほど、物が山積する実家を片づけていた私。
思いがけず、母の「切なる願い」を知ることになります。
今回は、ゴミ屋敷と化した実家を片づける中で見えてきた、母の「切なる願い」について、お伝えします。
ゴミ屋敷と化していた実家

壮絶な状態に声が出てしまうが
「うわあああ!!!」
不覚にも、大声で叫んでしまいました。
実家の一室を開けたら、むせ返るような甘ったるいニオイ。
ものすごい数の小バエの乱舞。
思わず、ドアを閉めました。
もともと病弱な妹は、真っ青な顔をして、今にも倒れそうです。
あまりにも壮絶な状態に、私も心をくじかれたのですが、何もしない訳にはいきません。
病院から自宅へ戻ってくる母のために、部屋を片づけなければいけないのです。
仕事人のように黙々と対処していく
とりあえず、近所の薬局へ行き、小バエに効く殺虫剤を購入。
意を決してドアを開け、部屋に踏み込むと、ガンマンのように殺虫剤を散布。
殺虫剤の缶が空っぽになったら、すかさず、部屋の外へ撤退。
しばらくして部屋へ戻ると、小バエは全て落下。
よしよし。
むせ返るような甘ったるいニオイの正体は、腐り果てて黒い水と化したバナナでした。
袋に入っていたから、まだ良かったのかもしれません。
私は、部屋に点在する7~8房分の液体バナナを回収し、廃棄。
袋からもれ出た液体に寄生していた幼虫たちが、床でうねうねしていたので、手作業で駆除。
床に落ちている小バエも、掃除機でさっと吸い取る。
小バエにまつわるトラブルは、すべて私一人で対処しました。
「必殺仕事人」になったような心境です。
小バエ問題が解決しても、部屋の中にはゴミ、いえ、物が山積みになっています。
床には、獣道のような細い隙間が、かろうじてあるだけ。
「ゴミ屋敷」を身体で理解するという感じ。
ここ数年の母の精神状態が反映されているようです。
山積みになった物をかき分け、要らない物をゴミ袋に入れ、妹と二人で、1日半。
汗だくになって、1部屋だけ、何とか片づけて、母を迎える準備を整えました。
ゴミ屋敷を片づける理由
母は、徐々に身体が弱っていく父の介護を、1年半ほど、一人で担っていました。
「あんたたちには、苦労をかけたくない!」。
そう言い張る母は、私や弟、妹が手伝いに行くことを、頑なに拒み続けました。
母は、必死の思いで探した介護施設に、父を入所させた数日後。
かねてからの体調不良を診てもらおうと、病院を訪れました。
ところが、「すぐ入院」と主治医から言われ、自宅へは戻れませんでした。
そのため、生協で注文した大量のバナナを、真夏の室内に放置せざるを得ず、あの惨劇が生まれたのです。
母が入院して2週間が経った頃。
私たち兄弟、伯母(母の姉)夫婦が病院に呼ばれ、母が末期ガンであると告げられました。
余命は、もって数ヶ月。
私から、「母に告知するなら、せめて母に希望を持たせてほしい」とお願いしました。
主治医が、母に病名を告げると、気丈な感じで、「手術をしたい」と言う母。
主治医は、「自宅へ戻って静養して、元気になったら手術をしましょう」と伝えてくれました。
退院後の過ごし方について、ワーカーさんと打合せをした後、私は自宅のある東京へ戻りました。
夫と息子に、「しばらく実家に帰る」と伝える。
職場で事情を説明して、休みをもらう。
さまざまな準備を整えて、1週間後。
再び、実家のある福島へ戻りました。
そして、母が自宅で静養できるように、部屋の片づけをおこなったのです。
心にふたをして「魔窟」を片づける

母が亡くなるまではあっという間だった
とりあえず1室を整えた私と妹が病院へ向かうと、母は見る影もないほどゲッソリしていました。
1週間前には「病院食がまずくて、食べられたもんじゃない!」と吠えていた母が、別人のように小さな声しか出せません。
自宅へ戻っても、豆腐しか口にできず、2日後には、高熱が出てグッタリ。
電話で呼んだ訪問看護師が、「再入院」と判断し、救急車で病院へ戻りました。
その後、母の病状はどんどん悪くなるばかり。
再入院から1週間も経たないうちに、息を引き取りました。
遠方に住んでおり、ようやく休みをとって駆けつけた弟に、自分の死後のことについて伝えると、安心したかのように――。
ただ、母の最期の言葉は、私の胸をえぐりました。
なんせ、「ナオミは、バカで、のろまで、肝心なときに役に立たない」ですから――。
心の傷は深く、血が流れ出るような感じでしたが、必死に止血して、現実に対処していきます。
※母の最期の言葉に傷つきながら、心を整えていったことについて、関心のある方は、こちらもどうぞ。
母が亡くなってからは心にふたをする
母が亡くなったあとは、さまざまな手続きに追われました。
葬儀、お墓作り、納骨、介護施設に入った父の対応、確定申告、相続などなど。
母の葬儀のあと、弟は1週間、私は2週間ほど、実家に滞在し、働きづめの毎日でした。
翌月からは、各地で暮らす兄弟三人が、月1回、実家に集まり、協力して作業にいそしみます。
弟は、書類などの作成。
妹は、その補佐。
私は、ゴミ屋敷と化した実家の片づけ。
妹は、「私は怖くて魔窟には入れない」と言い、物が山積している部屋を「魔窟」呼ばわりします。
そもそも、私が結婚して以来、母は「散らかっているから」と言い、実家には招いてくれませんでした。
なので、私が実家へ足を踏み入れたのは、実に14~15年ぶり。
弟も妹も、同じような状況でした。
父が元気だったころ。
東京にある私の家に泊まりにきた父が、実家のことを「家が汚くて、足の踏み場がない」とこぼしていました。
父の言う通り、本当に足の踏み場がありません。
あっても、床に獣道の状態。
まさか、実家が本当に「魔窟」と化していたとは――。
初めのうちは「片づけマシーン」と化した私が、ガシガシと「魔窟」の片づけをこなしていきました。
感情は全くなく、スピード重視。
だって、そうでもしないと、母の最期の言葉が思い出されるからです。
心にふたをして、目の前に広がる「魔窟」の制圧だけを目指していました。
「魔窟」には「秘宝」が眠っていた

「魔窟」で見つけた母の「切なる願い」
妹が「魔窟」と呼ぶ実家の部屋を、ひたすらに片づけていったとき。
私は、ふと気づきました。
収納ボックスがいっぱい買ってある。
母は、物を整理して片づけたかったんだ。
掃除道具がいっぱい買ってある。
母は、汚い部屋をキレイにしたかったんだ。
洗濯洗剤や漂白剤、物干しがいっぱい買ってある。
汚れた服が山積みになってるけど、母は、キレイに洗濯したかったんだ。
父の洋服がいっぱい買ってある。
母は、父のことを大切に思っていたんだ。
野菜ジュースや健康食品がいっぱい買ってある。
母は、父と一緒に健康に暮らしたかったんだ。
可愛い小物がいっぱい買ってある。
母は可愛いものが好きだったからなあ。
母は、可愛いものを見て、ほっこりしたかったんだ。
ああ、ああ、母は幸せに生きたかったんだ!
幸せになりたくて、いっぱい物を買ったけど、ツライ気持ちが埋まらなかったんだ!
だから、次々と物を買って、積んでいったんだ!
「魔窟」は悪魔が住む場所ではなく、幸せになりたかった母の切なる願いが詰まった「秘宝」が眠る場所でした。
その後は、母の思いを1つ1つ供養するように片づけをしました。
片づけは、もはや苦ではなく、母の思いに触れる貴重な時間となっていったのです。
物から見えてくるもの
物には、人の思いや願いが込められています。
一見、ゴミのように見える物たちに、母の切なる願いがこめられていることを、母の死後に知った私。
母が生きているうちに、母の思いを共有したかったなあと、しみじみ思いました。
まあ、私の母の場合、プライドが超高いので、汚い部屋は、絶対、私には見せなかっただろうなあ、とは思いますけどね。
それと同時に、想像を絶するほど物が山積している状況から――。
亡くなるまでの十数年の間、母の精神状態が、かなり混乱していたことも見て取れました。
つらい思いを物を買って埋めようとしても、埋められない大きな溝がある感じ。
心の傷は、物で埋めるのではなく、痛みに向き合って、手当てしていかないといけないことを痛感したのです。
とはいえ、当時の私自身も、ネガティブな感情を押し殺し、たった一人で黙々とゴミ屋敷を片づけ続けていました。
母の最期の言葉があまりにもショックで、向き合ったら、悲しみの沼に沈み、ひきこもってしまいそうだったからです。
ですが、今振り返ると、誰かに悲しみを分かち合ってもらいながら進める道もあったのかもしれないと思います。
一人で頑張らなくても大丈夫
大切な人を亡くした悲しみと、山積みになった現実的な作業。
その両方を、感情を押し殺しながら、たった一人でこなそうとすると、心のどこかに、静かな疲労がたまっていきます。
まずは、話してみるだけで構いません。
長い間、一人で抱えてきた。
それだけで、十分すぎるくらい頑張ってきたということです。
「もう少し、楽になってもいいかもしれない」と感じたなら、その気持ちを最初の一歩にしてください。
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※続きはこちら。苦しみを乗り越えると、母の愛を実感することができました。その後の自己探究のプロセスが気になる方へ。
※今回の記事は、天狼院書店のメディアグランプリに掲載された文章を、加筆修正したものです。
























