父の愛は「施し」ではなかった【私が自分を生きるまで⑯】
母から否定的な言葉をかけられて育ち、「自分は要らない人間だ」と信じ込んで生きてきた私。
生きづらさを解消し、「自分を生きる」ために、自己探究を重ねていきます。
自己探究の過程で、私の心の中にある、自分を「否定する部分(パーツ)」が少しずつ揺らいでいき、生きやすさを感じるようになったころ――。
母が私をけなすような言葉を遺して亡くなりました。
深く傷つきながらも、つらい思いを抑え込み、現実で必要なことをこなしていった私。
しかし、さらに自己探究を続けると、激烈ではあるものの、母の愛情を体感することになりました。
すると、これまであまり注目してこなかった父に対して、意識が向かっていきます。
父から愛されているとは思えなかった。
父の愛情は、徳の高い人からの「施し」だと思っていた。
なので、心のどこかで、寂しい思いを抱えていた。
そんな私でしたが、父からの愛情が本物であったと実感する体験をしたのです。
今回は、父の愛情を「施し」だと思い込んでいた私が、その愛情が本物だったと気づいた、そのときの出来事について、お伝えします。
父から愛されているとは思えなかった
私の父は、とても優しい人でした。
父に怒られたことは、3回しかありません。
- 小学生だった私が、弟の背中を蹴り倒したとき。
- 中学生だった私が、父方の祖父母を罵倒したとき。
- 高校生だった私が、家に来たお客さんに無礼なことを言ったとき。
振り返って驚きました。
父が大切に思っている人が傷つけられたときに、父は怒ったのです。
私なんて、自分が傷ついたことで、私の息子を数えきれないほど怒っています。
いやはや、父の凄さに驚嘆するばかり。
私自身、父が愛情深い人であるということは、よ~く分かっていました。
でも、私は、「父から愛されている」と感じることができなかったのです。
父は人徳者だから、私のようなダメ人間でも、愛情を注げる。
そんな風に考えていたからです。
父の愛情は、徳のある人からの「施し」としか思えません。
そのため、私は、「私に本当の愛情を注いでくれる人はいないんだなあ」と、寂しい思いを抱えていました。
父に思いをめぐらす
感謝を感じている人に対するエクササイズ
2022年5月。
私が所属している「ハコミセラピーの団体(JHEN)」※1 で、スペシャル企画ワークショップがおこなわれました。
カナダ人のシニアトレーナー、ジョージア・マービンさんをゲスト講師に迎えてのワークショップ。
テーマは、「人間関係が楽になる~マインドフルネス※2のさらなる可能性~」でした。
※1:「ハコミセラピー」とは、「マインドフルネス」をベースに、心と身体の両方に働きかける心理療法です。
※2:「マインドフルネス」とは、「今、この瞬間」に起きていることに意識を向けていくことです。
そのワークショップの中で、「感謝を感じている人に思いをめぐらす」というエクササイズがありました。
父の優しい言動を思い出す
私の中に、ふと、浮かんだのが、父のこと。
父に思いをめぐらすと、父が私にしてくれたことが、1つ1つ思い出されます。
小学校低学年のとき
小学校入学と同時に、子ども部屋をもらった私は、夜になるとすごく怖くて、眠れなかった。
「お腹が痛い」とウソをついて両親の寝室へ行くと、父はすぐ目を覚まし、「大丈夫か」と言って、私を自分の布団に入れてくれた。
冷えきった足を父のお腹に乗せると、ほんとに温かくて、安心して、朝までぐっすり眠れた。
小学校高学年のとき
家族でスキーに行き、上級者ゲレンデで動けなくなった私。
父は、私をおんぶして、下まで降ろしてくれた。
スキーがあまり得意ではない父は、途中で、何度も何度も転びながら。
私が、考えなしに上級者ゲレンデへ行ったことは、一切とがめなかった。
結婚するとき
私の結婚に猛反対し、「結婚するなら、今までナオミにかけたお金を全額返せ!」と、怒り狂った母。
私が預金通帳を持って帰省したら、父は「通帳を持ってきたことは、知らなかったことにする。ママに手紙を書きなさい」と提案してくれた。
父の提案に従い、謝罪と感謝を書き連ねた手紙を出したら、母は機嫌を直し、結婚式に参列。
父だって、花嫁の父として、花婿(夫)に文句の一つも言いたかっただろうに。
息子が生まれてから
息子(父にとっては孫)が生まれると、毎月、私たちを訪ねてきた父。
「美味しいものを食べて栄養をつけろ」と、父の馴染みのお寿司屋さんに行くのが定番のコース。
父は、息子と遊園地に行ったり、サッカーの練習にも同行したり。
私は、うちのリビングで、父と他愛のないおしゃべりをするのが楽しみだった。
母が私をけなす言葉を遺して亡くなったとき
「ナオミは、バカでノロマで、肝心なときに役に立たない」という言葉を遺して、母が亡くなったとき。
困ったような表情を浮かべながらも、父は、「愚痴だと思え~」と言って、私を慰めてくれた。
父の優しい言動が、次から次へと思い出されていくと――、
父への感謝が、胸の奥からわきあがってきました。
ようやく父の愛を知る
父とのエピソードを、ワークショップに参加していたメンバーに語ったあと――。
私は、目をつぶって、ゆっくりと呼吸をしながら、「今この瞬間」に意識を向ける、マインドフルネスの状態になりました。
そして、「感謝する相手にかけたい言葉」を探していきます。
すると、私の中でイメージが展開されていきました。
父のお腹にしがみついている、幼い私。
幼い私は、「パパ。私もパパが大好き」と言っている。
そう言いながら、父のお腹に、ギューッとしがみつく。
まるで、大きなトトロのお腹にしがみついているみたい。
私は、マインドフルネスの状態のまま、改めて、イメージの中にいる父に言葉をかけます。
パパ。
私もパパが大好き。
父に声をかけると、幼い私と父の姿が、光の玉に覆われていきます。
温かい光に包まれていく私と父。
そして、私は、父の愛を全身で感じることができました。
こんなにも愛情をかけてもらってきたのに、これまで全く気づかなかった。
父の愛を「施し」だと思っていたなんて。
無条件の愛って、こういうことなんだ。
ただただ、ありがたい。
涙が止まりませんでした。
私は、父の真の愛に気づき、満たされた思いのまま、しばらく時間を過ごしました。
父の愛に気づけなかったのは私のせい
父の愛情は、私が小さい頃から、私に注がれていました。
そのことに全く気づかなかったのは、私が「私は誰からも愛されない、ダメな人間」と信じ込んでいたからです。
でも、ようやく父の愛情を素直に受け入れることができたのは、母の愛情に気づいたことが影響しています。
とはいっても、母の愛情は、私には受けとめづらいほど激しい形のものなんですけれどね。
母の愛情に気づいてから、「残念なところはいろいろあるけれど、私は愛されてもよい存在なのかもしれない」と思えるようになりました。
つまり、「愛情を注がれる価値はない」と信じ込んで、自ら閉ざしていたフタが、パカッと開いたんです。
父の愛情が、じわじわと感じられていくと、気づいたことがあります。
母に疎外され、つらい思いを重ねてきた幼い私を、父が精神的に守ってくれていた。
父のお陰で、精神疾患など発症せずに、生きることができたんだ。
父のありがたみが、心の奥底にしみわたっていきました。
このエクササイズを行った2ヶ月後、父が亡くなりました。
父には、心を込めた恩返しをすることができませんでした。
でも、「パパ、ごめんね」と言うと、「気にすんな~」と父が笑っている気がします。
それに、父の愛に気づけたのも、一人でひねり出した答えではありません。
安心できる場と、そこへ導いてくれる人がいたからこそ、たどり着けたものでした。
※母の激烈な愛情に気づいたことに関して、もっと知りたい方は、こちらもどうぞ。
一人で頑張らなくても大丈夫
大切な人からの愛情は、いつも分かりやすい形で届くとは限りません。
気づかないまま、すれ違ったままになってしまうことも、少なくありません。
まずは、話してみるだけで構いません。
長い間、一人で抱えてきた。
それだけで、十分すぎるくらい頑張ってきたということです。
「もう少し、楽になってもいいかもしれない」と感じたなら、その気持ちを最初の一歩にしてください。
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※続きはこちら。両親が天国で幸せに暮らしていると実感することで、両親の死を穏やかに受け入れることができました。その後の自己探究のプロセスが気になる方へ。
※「ハコミセラピー」について、詳しく知りたい方へ。
























