誰からも愛されない私は、愛されてもいい存在だった【私が自分を生きるまで⑪】
母から否定的な言葉をかけられて育ち、「自分は要らない人間だ」と信じ込んで生きてきた私。
生きづらさを解消し、「自分を生きる」ために、自己探究を重ねていきます。
自己探究の過程で、自分を「否定する部分(パーツ)」が一時的に消えてしまったり。
その間、感情の暴走に振り回されたり、という、激動な日々が落ち着いていったころ。
今度は、「誰からも愛されない」と信じ込んでいた私にとって、衝撃的な体験が訪れたのです。
今回は、あるワークをきっかけに、「私は愛されてもいい存在だ」と、身体の奥底から実感した出来事について、お伝えします。
嫌われる存在だと思っていた私
知らない人に嫌われるのが怖い
2019年3月におこなわれた「ハコミセラピー」※1 のスペシャル・ワークショップ。
カナダ人のシニアトレーナー、ジョージア・マービンさんが、講師として来日しました。
さまざまなワークを通して、人間関係の在り方に気づいていく、スペシャルな2日間。
私も、このスペシャル・ワークショップに参加しました。
ですが、この手のワークショップは、あまり得意ではありません。
著名な方が講師を務めると、幅広い参加者が集まり、初めて会う人が多いからです。
対人緊張の強い私にとって、初対面の人が多い場にいると、不安と緊張が増していきます。
「嫌われるのが怖い。嫌な思いはしたくない」と、やる気がそげていく感じがある一方で――。
「苦手なことに出合うと、自分を知るきっかけになる」と、やる気に満ちた思いもある。
二つの思いを抱えたまま、ワークに取り組んでいきます。
※1:「ハコミセラピー」とは、「マインドフルネス」をベースに、心と身体の両方に働きかける心理療法です。
マインドフルネスでおこなうワーク
そのワークショップにおいて、4人組でおこなうワークがありました。
以下のような手順のワークでした。
①体験者2人が、10mぐらい離れた距離に、向かい合って立つ。
1人は、立ったまま動かない。
もう1人は、相手にゆっくりと近づいていく。
②体験者それぞれに、1人ずつ、記録者が付き添う。
記録者は、体験者が感じたことを聞き取って記録していく。
③立ったまま動かない1人が、近づいてくる相手との間で、ちょうどいい距離感を見つける。
相手が、これ以上近づいても、これ以上離れても、居心地が悪くない、という距離。
「マインドフルネス」※2 の状態になって、ちょうどいい距離を感じていくことが、ポイント。
何度も確かめながら、適切な距離が見つかったら、相手にはその場に留まってもらう。
④ちょうどいい距離で留まった2人が、互いにどんな感じがするのかを味わう。
このときも、「マインドフルネス」で、相手のことを感じる。
⑤最後に、体験者2人、記録者2人、それぞれが感じたことをシェア(共有)する。
とてもシンプルなワークです。
ただ、シンプルであるがゆえに、無意識にあるものが露見しやすいとも言えます。
※2:「マインドフルネス」とは、「今この瞬間」に意識を向けていく状態を言います。
嫌な予感しかなかった
私は、そのワークの手順を聞いて、嫌な気持ちになりました。
対人恐怖っぽい感じのある私。
相手が近づいてきたら、相手に嫌われるという怖さが増していくに違いない。
だから、かなりの距離がある時点で、「ストップ」をかけるはず。
そして、ほかの参加者に比べて、笑ってしまうほど離れた距離をとっている自分に気づく。
そんな自分に対して、劣等感を感じるんだろうなあ。
思わず、ため息が出てしまいます。
渋々始めたワークでしたが、予想もしない展開となりました。
自分は愛されるに値するという体験
私のお相手は、ハコミセラピーに初めて参加するという、20代ぐらいの若い女性。
「初めての人、苦手なんだよね」という苦い思いが胸をよぎります。
そんな私でしたが――。
10m先のスタートラインに立つ女性を、マインドフルネスの状態になって見たとき。
意外や意外。
ものすごく、うれしくなったのです。
「ママが、迎えに来てくれた!」
ずーっと待ちわびていた私の母が、私を迎えに来てくれた。
そんな喜びが、身体の中を駆けめぐります。
もう、うれしくてうれしくて、感激のあまり、涙がにじむほど。
「でも、近づいてきたら、ママじゃないって分かって、がっかりするかも」
そんな不安を抱きながらワークを続けたのですが――。
母を投影した女性が、一歩一歩近づいてくるにつれ、喜びが胸をつきあげてきます。
「ママが迎えに来てくれた!ママだ!」
私は、身体が触れ合うほどの距離まで、女性に近づいてもらいます。
近くまでやってきた女性を抱きしめて、感極まって、号泣。
長年の夢がかなったような、うれしさ!
「そのままの私でも、母から愛されるんだ!」
腹の底からわきあがるような喜びに包まれます。
私が、のどから手が出るほどに、狂おしいほどに求めていたものが、手の中にありました。
自分が必要としているものを得る
自分自身の内面が変動したから起きたこと
今回の驚きの体験は、降ってわいたものではありません。
それまでの自己探究があったからこそ、得られたものなのです。
このスペシャル・ワークショップに参加する10ヶ月ほど前。
予想外の体験をすることによって、自分を「否定する部分」が、一時的に消えるという体験をしました。
すると、感情が暴走して、振り回されるような状態になってしまったのです。
まるで、ブレーキが使えなくなった、暴走列車みたいな感じ。
そのお陰で、自分を「否定する部分」が、感情を抑えこむ働きをしていたということに気づきました。
そうした過程を経て、自分を「否定する部分」が、ゆるゆると戻ってきたものの――、
感情を抑え込む力が以前に比べると弱くなっていたようです。
すると、今度は、
「自分にとって必要なものを得たい!」という欲求も、ストレートに出せるようになったのです。
※自分を「否定する部分」が消えたという体験について、関心がある方は、こちらもどうぞ。。
※感情が暴走した体験について、もっと知りたい方は、こちらもどうぞ。
心の中にいる幼い子どもの願いが見えてくる
私の心の中にいる「幼い子ども」、「インナーチャイルド」とも呼ばれる部分(パーツ)。
そして、幼少期の私が必要としていたこと。
母から褒められること。
母から認められること。
私の母は、つらい生い立ちに加え、結婚してからも嫁姑問題で苦労してきた人でした。
そのため、幼い私を育てる際、心のゆとりがなかったのでしょう。
どうしても、幼い私を厳しく叱ることが多くなり、褒めることはありませんでした。
私も、心のどこかで、「母から認められることはない」と諦めていたのですが――。
目の前に、私が幼いころの母と、同年代の女性が立った途端。
私の中の「幼い子ども」は、自分のほしいものに、思いきり手を伸ばします。
ワークの意味も、何もかもふっ飛ばして、
自分のほしいものをつかみとった。
自分のほしいものをつかむ許可を、自分に与えた。
ほしいものをつかみとる力
「なかなか来てくれず、ずーっと待っていた母が、迎えに来てくれた」という体験。
これは、「私は母から愛されて当然の存在だ」という、幼少期の私が心の底から求めていたものを象徴しています。
ほしいものが「ほしい」と言える。
ほしいものを、つかみとる。
ほしいものをつかみとっていいと、自分で自分に許可を与える。
人には、本来、そうした能力が備わっています。
自分を「否定する部分」を緩めながら、自分にとって必要なものを手に入れていく。
その地道な営みが、心をほどいていくことにつながります。
とはいえ、私の場合は、自分を「否定する部分」が、なかなかに強力なので、一筋縄ではいかないんですけどね。
こうした「地道な営み」は、一人でコツコツ取り組むものだと思われがちです。
ですが、実際には、安心できる場と、隣で見守ってくれる人がいたからこそ、深いところまで気づけたことばかりでした。
一人で頑張らなくても大丈夫
「私は愛されてもいい存在だ」と実感する瞬間。
それは、頭で納得することではなく、安心できる場で、身体で味わって初めて得られるものでした。
まずは、話してみるだけで構いません。
長い間、一人で抱えてきた。
それだけで、十分すぎるくらい頑張ってきたということです。
「もう少し、楽になってもいいかもしれない」と感じたなら、その気持ちを最初の一歩にしてください。
私が提供している「ストレングス×パーツ統合アプローチ」では、あなたの中にある「幼い子ども」のような部分(パーツ)が、本当に必要としているものを、一緒に見つけていきます。
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※続きはこちら。「母から愛されてもいい存在」という体験を経て、母と私との関係性が見えてきました。その後の自己探究のプロセスが気になる方へ。
※「ハコミセラピー」について、詳しく知りたい方へ。























